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説  教
PREACHMENT


「主イエスは先頭に立って」 マルコによる福音書10章32~34節
  牧師 阿部祐治 
 
 一行がエルサレムへ上って行く途中,イエスは先頭に立って進んで行かれた。それを見て,弟子たちは驚き,従う者たちは恐れた。
 
 主イエスの十字架の御受難を覚えるレントの期間に泉高森教会に赴任した。これからの教会形成,牧会の基本的姿勢を示されるのが,最初の礼拝において示されたこの聖書の御言葉であった。
 10:21に金持ちの男が真摯な思いで求道して来た。その男に主イエスは,「彼を見つめ,慈しんで言われた」。原文では「彼を見つめ,彼を愛した。そして彼に言った」となっている。男に対する主イエスの愛がここに生起している。一人の求道者に対して,正面から向かい合う愛が生じてくる事実が,記述されている。
 しかし,この男と主イエスの出会いは残念ながら悲しい結末を迎える。「この人はこの言葉に気を落とし,悲しみながら立ち去った」。
 この男が求めたものは,「永遠の命を受け継ぐ」ことであった。永遠の命を受け継ぐことは,神の国に入るということであった。この男は,今までの生活の仕方で掟を守ってきたと断言する。それに対して主イエスは,「あなたに欠けているものが一つある。天に宝を積み,それから私に従いなさい」と求められた。
 主イエスは,神が与えていてくださる大事なものを,神が与えてくださる喜びの救いの音信のために差し出して欲しいと求めておられる。喜びが聞こえているか,喜びの中に立っているか,という問いがある。「イエス・キリストのために」「福音のために」私共は福音という喜びの知らせの前に喜んで捨てることができるかと,主イエスは言われているのである。
 自分の弟子たちに対して,全ての人々に対して慈しんで,神の国という家に神は招き入れようとされておられる。主イエスの愛が込められた呼び掛けであり,弟子たちを信頼して語り掛けている言葉である。
 ここで,喜びの源となる主イエスとはどのようなお方であるのかを,改めて問うことは自然なことである。「弟子たちはこの言葉を聞いて驚いた」。びっくりしたのである。特に一行がエルサレムに上って行く途中,イエスは先頭に立って進んで行かれる姿に驚き恐れるのである。突然,今まで見たこともない姿勢で,先頭に立ってエルサレムに向かって歩き始められた主イエスがそこにおられた。十字架で待っている苦しみと死を恐れることなく,それが神の御旨であることを信じて,まっしぐらに進んで行かれるのである。「先頭に立って」とは,彼らに先立って進んで行かれるということであり,教会の歩みにおいても私共信仰者の先頭に主イエスがおられ,導いてくださる主イエスの後に,私共は主イエスの姿をしっかり見据えながら歩む者でありたいのです。
 多くの者たちが躊躇していた中にあって,主イエスは誰よりも真先にエルサレムへと上って行かれるのであった。